| 2006年3月某日 | 
以前、このマンションの自治会長だった宮島さんから電話。「こんにちは、宮島です。お元気ですか?」・・・>>  | 
| 2006年3月某日 | 
「あのね、宮島さんが子役いなくて困ってるみたいなんだよ。アンタの友達で、そういうこと好きそうな子、いない?」・・・>>  | 
| 2006年3月某日 | 
うららかな春休みの朝。きょうは第1回目の収録日だ。タロウとジュンを連れて電車に乗り、収録現場へ。・・・>>  | 
| 2006年4月某日 | 
宮島さんから電話。「次の撮影は4月某日ですけど、子どもたちはどうかな?」「その日は学校があるので、・・・>>  | 
| 2006年5月某日 | 
3回目の撮影。きょうは学校が休みなので子役も参加、私も仕事が休みなので、1日現場を見学するコンタンである。・・・>>  | 
| 2006年5月某日 | 
宮島さんから電話。「ウエダさん、たいへんなことになりましてね」「はい?」「5月末の撮影なんですが、・・・>>  | 
| 2006年5月某日 | 
朝一番でパソコンを立ち上げると、メーリングリストに、宮島さんの投稿が。5月末の撮影の参加が危ぶまれていた・・・>>  | 
| 2006年5月某日 | 
4回目の撮影。実はこの前「台本」というのを書いて、メーリングリストに送ってみた。・・・>>  | 
| 2006年5月某日 | 
「次回撮影は、6月某日(火)です。参加できる人は手を挙げてください」メーリングリストに、宮島さんの書き込み。・・・>>  | 
| 2006年6月某日(1) | 
いよいよ撮影当日。私の役は「メイド介護派遣センター」の「まりんちゃん」だ。「ごしゅじんさまぁ。・・・>>  | 
| 2006年6月某日(2) | 
今回は、もうひとつ練習に練習を重ねた(?)役がある。それは「オンチな子守歌を歌う母」だ。実はワタクシ、本業は・・・>>  | 
| 2006年7月某日(1) | 
美術担当のイナダさんは、なんでも作る。縄文土器だろうが、川を流れてくる桃だろうが、人の手が出てくる自動改札・・・>>  | 
| 2006年7月某日(2) | 
収録に使った衣装は、日テレに返却する前に洗濯して、干さなくてはならない。宮島さんが「ねえ、ウエダさん・・・>>  | 
| 2006年9月某日 | 
「パピプペポロン」の台本は、収録の3〜4日前にマンションの玄関ポストに放り込まれる。台本が放り込まれていたら・・・>>  | 
| 初回放送記念番外編 | 
ピアノの生徒に見られたら困るからなるべく遠くで放映して欲しいなあ、と思っていた「パピプペポロン」。 なんと、地元の入間ケーブルテレビで放映が決まってしまった。・・・>>  | 
| 続・番外編 | 
食べ盛りのコドモを3人抱え、なおかつクルマの運転ができないワタクシには、食材のまとめ買いは不可能だ。・・・>>  | 
| その1 | 
実のところ、私はカリキュラマシーンをその時代に見てません。
朝、起きないからです。・・・>>  | 
| その2 | 
ダダの忠告を聞かず、カリキュラマシーンに背を向けたまま、私のお不良生活は日に日に拍車がかり、・・・>>  | 
| その3 | 
「続きはまたあした」なんて書いておきながら、ゆうべは友だちと飲みに行っちゃいました。へへへ。ごめんなさい。・・・>>  | 
| その4 | 
その後、ケータイ4コマのサイトは作ったものの、紆余曲折の上、1年間で挫折。だいたい、Kの誘いにのってろくなことがあった試しが無い。・・・>>  | 
| その5 | 
結局、新宿で会うことになってしまった・・。
なんで「ダメですっ!」って、言わなかったんだ、私っ!・・・>>  | 
| その6 | 
新宿紀伊国屋書店前で、しばし途方に暮れるワタクシ。それっぽい人を探してはみても、それっぽいといえばみんなそれっぽい。・・・>>  | 
| その7 | 
それからしばらくして、宮島さんとヘアメイクさんたちがやって来て、台本のコピーをとって、やっとミーティングが始まった。・・・>>  |